人(ひと) No.41 鹿児島市立西陵中学校1年学年通信 H17 1. 28(金)
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「平和学習講演会」に学ぶ!!
~鐘撞ヨシエさんの戦争体験,鹿児島大空襲体験を聴く~
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今週の火曜日はCSの時間を利用しての「平和学習講演会」でした。
講師は鐘撞ヨシエさん。今年で81歳になられるかたで,いろんな学校で鹿児島大空襲や戦争体験の語り部として活躍されている方です。
鐘撞さんは,開戦当時17歳,終戦のときは21歳。当日は,戦争当時の格好である「もんぺ」と「防空頭巾(ずきん)」を着用しながら話して下さいました。また,講演の最後には,知覧の特攻隊のお話『ほたる』という本を鹿児島弁で心をこめて暗唱して語って下さいました。
この平和学習講演会をスタートとして,CSの平和学習が始まります。2年N生の修学旅行では被爆地「ヒロシマ」に行って学びます。時代はテロを中心とした戦争や紛争でまだまだ,多くの国々がその悲劇を繰り返しています。今回の講演会,そして,これからの平和学習を通して,私たち一人一人が「平和の担(にな)い手」としての力をつけていくことがでナきるよう学んでいけることを期待しています。
【もんぺに防空頭巾姿で】 【ご自分で作られた図をもとに】
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【真剣に聴き入る姿】 【質問もたくさん出されました】
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「平和学習講演会」生徒感想より
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○今日の平和講演会を聞いて,戦争と言うものは私たちの想像をはるかに越えるぐらい残酷で大変ということが分かった。心に残ったことは,逃げる時は,防空ずきんや水筒などをもって逃げるということだった。
○印象に残ったことは,空襲のときに多くの人が死んで,それで逃げるために,その死んだ人たちの上を飛び越えて逃げたこと,そして,防空壕に逃げ込んだときに死体があったということだ。それでも「こわい」とか言っていられないということはそれだけ必死になっていたということだと思った。また,敵兵を殺す訓練を女の人にもさせていたということは,今では全く考えられないことだ。
○今日はお忙しい中来て下さってありがとうございました。一番印象に残ったことは防空壕の作り方や戦争中の食べ物の話でした。これから,なぜ戦争が起るのだろうかということについてみんなで考えてみたい。鐘撞さん,これからも,戦争で亡くなった人々のために長生きして下さい本当にありがとうございました。
○私は配給が次第になくなってバッタや虫を食べていたことを知って,すごくびっくりしました。今では考えられなくて本当に食べ物がなかったことが分かりました。また,畳1枚に4,5個もの爆弾が落ちてきたことを知って,私だったら,もうあきらめて何もやる気がしなくなると思うのに,鐘撞さんは自分が死ぬかもしれないのに家に帰って,水をかけたのはすごく勇気がいって,私にはできないことだなと思いました。
○僕たちは,今いい世の中で,御飯など残しているけど,その時代の世の中ではあまりないことで,これからは,戦争がない時に生まれてこれたことを感謝し,あまり食べ物や物を粗末にしないようにしていきたいとあらためて感じた。
○今日の話しで一番心に残ったことは『ほたる』の話です。私は本が好きなので,今度図書館で調べてみたいと思います。私の祖母も戦争のため,疎開(そかい)した人の一人です。祖母には,戦争のことについてはあまり聞いたことがないので,今度聞いてみようと思いました。